2012年9月7日金曜日

鈴木謙介『カーニヴァル化する社会』×キラー7(須田51)

これまでキャラクターについて
いろいろ研究してきましたが・・・・・・・
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_8446.html

ちょっと視点を変えて

今度は「自分をキャラ化する」若者についてこの本で



まとめていきたいと思います。

若者の多元的な自己イメージについては
この本でも言及してあったね!!!
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/blog-post.html

また、昨日書いた「自由からの逃走」との問題も絡んでくるんだな!

1)過去、社会学がこれまで想定してきた自己は
「社会関係の中で自分に期待される役割を
取得し、それを統合する自我を育て上げる
社会化のの働きを重視してきた
(これは昨日のブログにもあったな)

2)でも非直線的な社会、個人化した社会では
他者との関係の中必要とされる役割を取得し
それを演じ分けるアイデンティティを取得する
社会化のプロセスは弱体化せざるを得ない

3)むしろ、必要となるのはこのスキルだ・・・

場面に応じて、臨機応変に自分を使い分け
その自分の間の矛盾をやりすごすことのできるような
人間になること、いわば脱社会化が求められる。

今の時代、
社会に適応するために
脱社会化するのかWW
おもしろいなぁ

4)ここでデーターベース化した自己像、という考え方が出てくる

状況に応じて、キャラをデータベースから呼び出してくるんだな。


<<私のコメント>>=================================

あっ、これは・・・・・・
ポストモダン的な思考と結びつくのではないか?

東氏が現代の物語をデータベースとしたが
自己像も、データベース型になっているのかW
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_24.html
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_747.html

この状態、この本によれば




自己嗜癖に陥って

「これが本当にやりたいことだ!」
        
「本当はそんなものなど何もない」

という躁鬱状態を作り出すらしい。

===================
*まとめ*

うーん、たぶんこれ、速水氏の自分探しの本と併せて
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/06/blog-post_09.html

読むと理解が深まるだろね。

ポストモダン思想→データベース型の物語消費
→個人の自己像の変化→自分探し

このような順番で考えてみると
多元的な自己像がよりはっきり見えてくる!!

そして、アイデンティティをデータベース問い合わせ型にした
ツールが「ケータイ」だな。

ちなみにSNSは多元的自己を
フラット化した形で
視覚化するので、
面白いのかもしれないなぁ。

他者の多元的自己も知ることができるし。
==========================

さて。ここで、ワタクシのデータベースを考察してみよう。

まず、生まれ育ちである。
これはアカデミックな感じではなかった。

いや、これはもう、このページを見ていただければ分かるか・・・
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/07/blog-post_5111.html

実家の飲食店の従業員さんの雰囲気は
父よりも何かの割合が濃かった感じなので、
このあたりのデータが蓄積されまくったんだな。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/04/blog-post_23.html

中学~高校にかけてはカトリックの女子校に行ったが
思春期に「何か」(というか、アニメとかゲームの趣味か)
を共有した人といえば
幼稚園の同期のJBさんだな。このページにも
しばしば登場してくれいるが。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/1.html

オタク的な趣味のデータベースはこのあたりの時期の情報がメインになる。
このデータベースはだいたいドット絵で構成されているWブログにも書いたが・・・
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_31.html

ちなみに、女子校での自己像は
スクールカーストの底辺を通り越して
空気のようであったので割愛させていただきます。

大学時代はカオスだ。
しかし音楽関連のデータベースが
構築されたのはここらへんだ。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/10_5.html
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/10.html

リア充の価値観もこのあたりで学んだし
実際にリア充になろうとしたこともあった。
しかし、自分にとってのリア充は実は
全然リア充ではないことも
学んだ・・・・・。

とはいえ、リア充的価値観データベースを得たという
意味合いでは価値があったカモ。
リア充の言動は、なんとなくだが理解できる。
ただ、現在、そこに陶酔できないだけで。

卒業後は、似顔絵師をやっていたので
老若男女、実際の人間に関するデータを収集したと思う。

ファスト風土の空気感もここらへんで理解した。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/03/blog-post_30.html

凄い人っていうのは、
なんか一目見ただけで凄いぞ、というのもわかった。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_10.html

大学院時代は、文字通り
知識面でのデータベースを蓄積していった。

この頃に構築したデータベースは以下の通り。

1)自分の専門の分野
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_1762.html

2)映画。映画のデータベースについて
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_8.html

3)院生時代にストレスがたまるので、逃避の意味も兼ねて
専門分野以外の本を専門分野以上の量読んだ

大学教員になってからの新規データベースは
これまで接したことのなかった体育会系のメンタリティについてだな。
体育会系の価値観は、現代の若者の多元的な自己像とは
別に考えるべきだろう。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/06/blog-post_6267.html

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ちなみに、この夏、このような出来事があり、
アイデンティティに変容が起こった。(以下の通り)
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_20.html

変容が起こった結果、「何者でもない」という
アイデンティティを獲得したが・・・

それだとなんだか
空虚な自己像だなぁ~という感じがしていた。

しかし、今回、この本を読んだ結果、

カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)


ああ、データベース型の自己像を
創っていたという意味合いがあるなぁ、
と新しい発見があった。

そして、このブログで何をしているかといえば、
これまでの自己の脳内データベースの整理である。
そこに、新たな読書経験を加えて、
新しい何かがヒョッコリ生まれたらいいな、という
感じだと思う。
それを他者と共有して、さらに指摘などしてもらい、
化学反応が起これば面白いと思う。

「自分探し」という言葉はネガティブな意味合いを含んできたが、
だからといって、狭い世界でマターリしていても
成長もない。

「自分探し」を「自己データベース増量中」と言い換えてはどうだろう?
そう考えるならば、旅に出るのも、
本を読むのも、他者との対話も
また違った意味合いを持ってくるような気がする。

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ただ、この本


だと、このような自己像は
「冷静な状態」と「ハイテンションな自己啓発」に
自己を分断させてしまうため・・・・・・・・・・・
勤労に関して「不断の躁鬱状態」が起こりかねない、とのことだ。

たしかに、その通りだ。

昨日も、家族から
「研究よりもお笑いのほうが向いているのではないか?
スギちゃんの代わりにお笑い界に転向したらどうか?」との
提案をされて、ちょっと心揺れたんですよね!

コンビ組むとしたら誰がいいかな・・・?と思って
さっそく知人の非常勤の先生に声をかけてみたところ
このような回答が・・・

内藤先生と哲学漫才タッグを組んでサンデル先生を向こうに回す白熱授業をするプランは魅力的ですが、
私は口べたで足を引っ張りそうなのでとりあえず遠慮しておきます。

自己像が「冷静な状態」と「ハイテンションな自己啓発」に
分断されているとはこのことだろうか。
しかし、冷静に考えても、
お笑いは向いている気もするがW

今後の人生に関しても、「冷静さ」と「ハイテンションな自己啓発」に
揺れながら進んでいくんだろうか。
そしていつか落ち着く日がくるのか?うーん。


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*私のコメント・おまけ*

今回、この本


を読んで、いろいろ考えてみたが・・・・


この「データベース化を状況に応じてキャラ化していく自己像」を
もっとも良く表現した作品が
ゲームの「キラー7」だと思う。
自己像が7人あるんだ、 このゲームの主人公。  
そんでもって、テレビのチャンネルを変えるように 自己像を変えていくわけ。   

                      ☆チャンネル変える様子↓
『カーニヴァル化する社会』のP129で
 個人が「知られる私」の集合体になっているという指摘があったが、
 これを「テレビ」の番組に 置き換えてみると ヒジョーに分かりやすい。 

だから、キラー7の人格切り替えがTVというのは すごく良く考えられた設定なのだ。

 最初は、「イカれてるよ、コレ」と思うのだが、 
ポストモダンにおける自己像もイカれているので、 
この表現は非常に腑に落ちるんであーーーる。   

さらにいうと、「キラー7」は 各章ごとに ゲームのイベントの絵柄が変わるW  

ある時はベッタベタのアニメ絵で、ある時は クールな感じ。
・・・・・・「豚の群れを殺めてくれよう、ヘッドマスターニートガール・・・」(笑) のノリと、
2番目のロシアンルーレットのクールさ、
あとイベントでちょこちょこ出てくる2次元アニメ部分の
てんでバラバラさ加減に、本当に衝撃を受けた!

キラー7との出会いは、これまでのキャラ像、物語像、ゲーム観・・・
自分のすべてを変えてしまいました。

たとえばドラクエとかだと、「ああ、こういう絵柄で、こういう展開で、
このキャラはこう言うだろうな」というのがある程度予測できる。

ドラクエには
水戸黄門や、サザエさんなどの予定調和的なものがあるため
(注:サザエさんに関しては、ここ最近、         
予定調和が破壊されている噂があるが)
ラスボスですらリラックスして対峙できるのだが・・・
キラー7の場合、一秒たりとも先が読めません。

絵柄も、キャラも、ストーリーも  
一貫したものが読み取れそうで、読み取れない。 
「キラー7」は、各章ごとに分かれているが、
だからといって各章の物語が完全に独立しているわけではない。

 ☆こういう表現が的確だと思う↓

「データベース的な自己から  
   各章ごとにキャラを呼び出している 」

いずれにしても、「キラー7」というゲームは ・・・ 

ポストモダンの自己像の表現として最上級の芸術だと思う!!  

しかも、このゲーム、最後までクリアしても 
物語の全貌が全然読めてこないんだWW  

この副読本↓の中に書いてある年表を読まないと、












表層的なものの奥にある データベースの流れすらつかめない。
ポストモダン的な価値観は 「キラー7」で結晶化されている。 
非常に哲学的なTVゲームだと思う。













須田51氏のゲームの真髄はロリポップチェンソーじゃなくて
「キラー7」にあると思う。

この「キラー7」は
過去のゲーム史
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_31.html
のどの形態からも
頭抜けているために
ゲーム史の中に組み込めない感じが・・・
だから現代美術とか
文学とかのジャンル
だと考えてもいいかも。

キラー7はもう既に評価されているけど
芸術としても、 もっともっと評価されて
然るべき存在だと思います。

というか、これまで現代思想の文献を読み解いていって
一番の収穫はキラー7に関する考察が深まったことかもしれない!

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