2012年10月2日火曜日

【対談シリーズに新しいキャラが!IGW先生との哲学対談&『ヤスパース』(清水書院)】


↑私が創った
IGW先生のイメージキャラクターですW
ちなみに、ほんとにこんな感じです・・・W
N大学の大先輩であり、
キリスト教の信者さん(カトリック)です。

IGW 先生:JBさんとの対談面白いですね。


内藤 :IGW先生とも、もしよろしければ対談企画を。
マタンゴ(現代社会における自己愛肥大をキノコ人間に喩えてみた)のように
にならないためには、というテーマで*\(^o^)/*

IGW先生: そうですねぇ。お受けしたいような気もしますが、
私の話は抽象論なのであまり面白くないかも(^^)。
マタンゴにならないためにはやはり「魂」を大切にすること、
また「祈り」が大切だと思います。人間は実は自分がどういう存在になりうるか
(この世での姿、さらには「来生」に向けて)、最終的なことは予感として
しかわかりませんが、「こういう方向へ」なるべき方向性があるということが
現代世界では見えにくくなっていると思います。
それは人間のありうる・あるべき姿が見えにくいことでもあり、
またありうる・あるべき姿に至るための「徳」が見えにくいという
ことでもあると思います(教育問題の背後にはこうしたこともあると思います)。
「官僚制的個人主義」社会という自律的システムの中で、
生産と消費の自己目的的な拡大のため動員され、
各人は自分を人間的な自分たらしめる「魂」を見失っているのではないでしょうか…
とこのような論調におおむねなるでしょう(^^)。
マタンゴは現代文明の構造化された狂気、脱人間化の寓意とも読めるとも思います…。

内藤:さすがIGW先生、善い内容ですね‼
しかし魂や祈りという言葉を使うのは宗教系の大学以外だと難しいような気がします。カトリック教育を受けている者以外には

(°_°)←こんな感じに

なるかもしれません。
このような善き生のための言葉を宗教系以外の大学で
伝えるにはどうすればよいのでしょうね(^◇^;)
私はカトリック教育を中・高・大→大学院と受けているので
すんなり受け入れられるのですが・・・
体育会系や理工系だとポカーンとされますよ~きっと。

IGW先生: う~ん。そこが難点ですね。
神学に人間の「神化」(theosis)をめぐる議論がありますが、
それはアリストテレスが構想したような、現世的な「善き生」の次元を超えることへ、
人間は最終的に恩寵により至りうるという議論だと思いますが、
人間の「あるべき姿」について論じる場合、そうした
次元はカットできないと最近強く思います。
一般にわかる言い方ですと、取り合えず良心的に、
共同体や他人のことを考えつつ、
自分の使命を見出しながらこの世を生きる、
ということは、同時にそこでは完結せず、
かえって人生の「限界状況」において現れてくるような
自分のものではない力に触れることで、
自分が思いもよらなかったところに至りうる
可能性が人間にはある…とかこんな語り口に
なりそうです。
やはり、「宗教」というと一般に《理性を失うこと》と
考えられると思いますが、
実は逆説的ながら、「宗教」の否定が人間から理性を
失わしめているのが、現代の「ポストモダン」的状況なのかもしれない
と思います。新宿の高層ビル群など見るにつけてそう思います。

内藤: をを、まさにそう思いますよ!
ちなみにポストモダンは、近代の理性に
限界が来た次の段階のことを指すので、
宗教とも親和性あると思います(*^_^*)ただ大きな物語性は無く
小さな物語と化していますよね?
宗教が「小さな物語化」したことは
私が宗教研究に投稿した論文に書いてますよ☆
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/blog-post_5893.html

あと、限界状況ってヤスパースの考え方ですよね!
今回のここでの会話を対談企画に編集してヤスパースの
本の紹介に持っていく流れにしますわ(*^_^*)

IGW先生:そうですね。「限界状況」という語を用いましたが、
実は神谷美恵子が『生きがいについて』で語っている「変革体験」の概念に
近い意味で用いていました…。

ちなみに「小さな物語」とは私の理解では
個人の「私」の物語ということかと思いますが、
そうすると共同の物語が成立せず、他人と
連帯するのが難しい社会になると思うのです。
「スピリチュアル」の特徴として個人性や消費文化との
親和性がよくあげられますが、
「官僚制的個人主義社会」ともいうべき社会全体を動かすには至らず、
そうした社会の中で管理され許容された個人の「自己愛」の世界に
回収される可能性もあると思います。

内藤:自己愛肥大、頭でっかち、キノコ人間ですな。
まさにマタンゴ~
IGW先生:おおおおおおおお。  この曲・・・・・・・「展覧会の絵」と
いうクラシック音楽かと思いきや、
途中から急激にマタンゴ的状況になっていますね・・・。

 内藤:まさに近代における理性の終焉という感じです。
 この曲、CD持ってたはず・・・。 
(探したが見つからないのでitunesで1曲買う) 
私、大槻ケンヂのサイン会で、しゃもじを
プレゼントしたことありますよ。

 IGW先生:しゃもじですか?

  内藤:しゃもじです。

  IGW先生:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 

もうひとつ、カトリックのような「われらの父」「われらの救い主」と
 いう共同性の物語(教会)を生きる宗教も、衰退したとはいえ、
 まだ一応はなくなってはいなのではないでしょうか。
 私の立ち位置からすると、日本の一般的傾向と どうしても
ずれが生じるように思います。
それと論文へのリンクをありがとうございました。またみてみます。  

内藤: うーん、たぶん、熱心なカトリック信者さんの感覚は
「 カトリック以外の現代人の感覚」と、かなりズレているように思えます。
たしかに カトリックの教えは心の支えになることも多いのですが、
いきなり若者に「われらの父が・・・」と言っても 受け入れ難いだろうなぁ。
(ちなみに私はカトリック教育を長年受けてきたけど
イエが浄土真宗なので浄土真宗という立ち位置です)

 宗教系以外の大学以外でカトリックの教えに触れるのは 
デリケートな問題だなぁ。  
学生さんには、それぞれにイエの宗教があるし。  

方法としては・・・・これまで・・・  

*聖書を「世界のベストセラー」的に紹介する
*キルケゴールのようなカトリックの教えを最終結論とした哲学者を紹介する  
*旧約聖書~新約聖書を歴史として紹介する
*キリスト教の内容に触れたら、仏教の話も並行して話す。
  ・・・・・・・・・という方法を用いたんだけど、
やはり、旧約聖書から新約聖書にかけて 歴史として紹介するのがいいかな。
 時事問題も絡めて。 その流れで、聖書の内容にも触れる、
という感じだと問題ないかな。
そういえば以前にブログ記事にも書いたなぁ。  
旧約聖書って、意外となんなのか理解していない人多いぞ。

↓旧約聖書とはなにか?  
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_19.html  
読んでみてちょ。

☆☆☆ヤスパースについて書籍の紹介☆☆☆ ちなみに、今回の対談で登場した 哲学者ヤスパースについては この本がオススメです。













 ===============

ちなみに・・・なぜ今回 こんなにマタンゴ(キノコ人間)の喩えに 偏っているかと申しますと・・・ 話が長くなりますが、 こんな流れです・・・」

①SNSに私がキノコ図鑑の画像を載せる(意味は特になかった)
②IGW先生がキノコ図鑑の絵がなんだか怖いとおっしゃられる
③その流れで、IGW先生、私の誕生日プレゼントに
 自作のマタンゴの絵を送ってくださった・・・
(この画像は、非公開希望とのことでした)

マタンゴについての詳細は以下のリンクをご参照ください↓ http://blog.livedoor.jp/jamsession123go/archives/51538833.html

④マタンゴは何かのイメージキャラに使えそうか?という話に

⑤私が自己愛肥大のイメージにピッタリと思う
(キノコは頭でっかちな形状なので)

⑥ポストモダン時代における現代人の姿
   =マタンゴという共通認識に落ち着く

⑦私が大槻ケンヂの曲を思い出す

============================
☆☆☆以下は、対談後日の                      追記です☆☆☆
IGW先生: すみません、今ブログ拝見したのですが、 いろいろ楽しく書いていただいて恐縮ですが、 ちょっと私の舌足らずな点がありました。 そこで、基本概念を私なりに定義してみたいと思います。

内藤:をを、また追加しておきますよ

IGW先生:
 ①人間の「マタンゴ化」(キノコ人間化)
人間が人間であるとは

いかなることであるか見えにくい時代と
社会の状況で、

人間が自律的な社会システムの
歯車として動員されながら、

「脱人間化」しつつあること。


それは「食べてはいけない」というタブーを破ることで人間が

「マタンゴ」化したことに象徴されるように、

あらゆる道徳的タブーの境界を常に破ろうとする動きを伴う。

また人間が「マタンゴ化」するとは、

人間が主観的快楽を追及しながら、「理性」を見失い、

客観的には(社会の)「奴隷状態」に陥ること。

またそうした人間のあり方が社会という自律的な

システムの要素として成立していること。

さらには、人間を人間たらしめる「魂」を

個人が見失いつつあること。→くどく定義するとこんな感じでしょうか?

現代、「マタンゴ」化が全面的に起きているわけではないと

思いますが、ある程度以上、(私も含めて)生じていると思います。


②「大きな物語」と「小さな物語」。

リオタールは『ポストモダンの条件』で

この概念をはっきりと定義していないように思います。

勝手に定義させてもらうと、「大きな物語」は、


あらゆる人間の理性的な探求の営みを成立させる、
前提となる公共的な信仰ないし神話。
「小さな物語」はそうした公共的な物語が成立しがたい
断片化した「ポストモダン」社会・文化においてそれが、
個人のレベルで成立していること。
現代の「官僚制的個人主義社会」における自己愛の肥大化とも連動している。


 ③「官僚制的個人主義社会」。
アラスデア・マッキンタイアが
『美徳なき時代』で20世紀以降の
西洋型社会をとらえるために用いた用語。
私見では、自己目的的な経済成長を追及するため、
行政権力と経済権力が一体化しながら、
国民を法や「アーキテクチャ」で統制しながら動員している社会。
表面的な「イデオロギー」としては
「自由主義的個人主義」が唱えられ、
個人の自由が最大限尊重されているかのごとく装いながら、
実は管理社会であるような社会。
つまり、社会の側が管理された選択肢を個人に提示しながら、
個人に自分が自由な選択をしているかのごとく錯覚させる社会。
社会を代表する典型的人物(キャラクター)として

*官僚や企業経営者という「官僚的管理者」

*消費のニーズを発信する「富裕な審美家」

*社会への不適応者の「心のケア」をする「心の専門家」がいる。

(3種の「キャラクター」の区分自体ははマッキンタイアの意見ですが、

 IGW先生が少しパラフレーズしています。
 他はマッキンタイアの見解を下敷きにして、 
 ハーバーマスの市場権力と行政権力という「システム」による
 「生活世界の植民地化」の議論も加味したIGW先生の私見です。)




「ポスト・モダン」状況は西洋型先進国では

ある程度以上生じているのでしょうが、

ただ現代にはイスラム文化圏やカトリシズム、


ブータンのような国(?)もあり、
意外とポストモダン一色ではない気もします…。

内藤:ブータンはポストモダンではないですな( ^ω^ )


IGW先生:それと内藤先生の書かれたペット供養の論文 
ざっと拝読しました。とても面白く読めました。
「大きな物語」の解体、日本の仏教界とキリスト教界では
あるいは違いがあるのかも…。 印象論ですが。
ペットの天国観面白いですね。 
私もやはりペットっとかマタンゴとか人間化して描きたくなります。

内藤:


の感想いただいて嬉しい(*^o^*)


にしても空前のマタンゴブーム到来ですね

ここで、ワッカさんが飛び入り参加:
マタンゴって懐かしい!
というか俺は生まれていないw 幼少時から、
いまだに母親から聞かされています。 
昔見てトラウマになった映画『マタンゴ』は怖い、とw 

内藤:いやはや。じつはここまで 引っ張っておいてなんだが
・・・・・・・・・・私もマタンゴ観たことないWWW
キノコ人間の映画を観る気にはなれんのぅ・・・

大槻ケンヂの歌を聴いて
「自分なりの脳内マタンゴ」で語っています・・・・。

(注:その後、マタンゴDVDはAMAZONで注文しました) =====


さらに後日談:続きはここにコラムで書きました→http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/blog-post_484.html

内藤理恵子の読書道:記事ラベル

宗教 鷹の爪 ガールズカルチャー 哲学 若者文化 仏教 映画 ゲーム考 文化人類学 社会学 キャラクター文化 月刊住職コラム連載 ヤンキー あじくりげ映画コラム連載の掲載報告 アニメ ジェンダー 2014現代文化 中外日報シネマ特別席掲載のご報告 仕事について 2014年「世界の宗教」講義録 90年代サブカルコミックエッセイ ヲタク文化 消費文化論 2012前期哲学(火曜)講義録 2012前期現代文化(木曜)講義録 対談シリーズ テン年代自分崩しの旅 脱力系ネタ 音楽 新聞・雑誌掲載関連 漫画考 2012前期哲学(月曜)講義録 小説 2012後期倫理学(金曜)講義録 2012後期哲学(火曜)講義録 心理学 自分探し 迷走コミックエッセイ 雑学 2000年代自分探しコミックエッセイ 2012後期社会と企業講義 研究論文関連 2012前期社会と企業(水曜)講義録 2012後期スポーツと企業講義 2013前期文化人類学(火曜)講義録 とびださない!どうぶつの村 2013前期 社会と企業 講義録 2013前期現代文化講義録 ポストモダン 日記 美術 2013哲学講義前期 現代思想 1990年代生まれの謎 企業 実用 ツインピークス祭 倫理学 KAWAII文化 アイドル考察 スクールカーストについて ドビ子の微妙な冒険 リンチ監督 旅日記 映画バカヴォンの予習のためにウパニシャッドを読む 私の体験談 そもそも教育って何なんだ?論 インテリア スポーツ美学 ドビ子博士GOを目指す 古墳ギャルコフィー 理恵子のお片付けダイアリー 純喫茶の「純」とは何か 『必修科目鷹の爪』読者限定☆リンク集シリーズ イカ部 オカッパ部 ジャバラネットナイトウ(おすすめのモノのご紹介) 名古屋 経営 経済 いじめ問題 ふつうの日記 まど☆マギ 似顔絵師ドビ子の放浪記 月刊住職連載 さんぽ日記 内藤理恵子イラスト作品集 読書について 『少女革命ウテナ』考察 まとめシリーズ 寄稿文 手芸キット レポートの書き方 ドビ子連続ネット小説「塩辛いちゃん」 何か間違っているオシャレ道 別冊spoon.34 散骨 松田優作ファミリー TV出演ネタ 2013年後期 哲学(火曜)講義録 写真 初音ミク×般若心経 構造主義 買い物道 わび・さび ドビ子が書評を演じます ドビ子アナザーワールド ラジオ出演ネタ

この窓の右端の▼をポチッとするとタイムトラベル