2013年4月1日月曜日

岡崎京子『うたかたの日々』×安野モヨコ『ハッピーマニア』×『少女の友 創刊100周年記念』

この↓ページ「オルトエリートと社会学者と野良着」
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_3634.htmlで・・・
安野モヨコ先生が女子の消費の王道から降りた
という話題に触れました。

今回はそこをもっと掘り下げてみたいと思います。

まず、モヨコ先生ご生誕の時代を振り返るところから始めないと!

モヨコ先生はワタクシと同じ70年代生まれなのでございます。
モヨコ先生の漫画のファンでありました
ワタクシも70年代生まれなので、

モヨコ先生が描こうとしている空気←あーわかる!

という感じで読んでまいりました。

しかしながらモヨコ先生は1971年でありまして・・・
モヨコ先生のファンであるワタクシは1979年生まれ。

この8年の違いは小さいようでデカい。

というのば「バブルの時何歳だったか?」がデカいと思うんです。

分かりやすいように1990年の時に何歳だったか考えてみよう。

モヨコ先生は19歳。(モヨコ先生は高校生で漫画家デビューしてたから、既にプロ)
読者であるワタクシは11歳。

パブル世代との感覚の違いはここでもかかせていただきましたが

http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/blog-post_6301.html

19歳の時にバブル、と11歳のときにバブルは自己形成に
かなり差が出てくるんですよ。

ってのは、自分が中学受験のときに(11歳の時)に
店のお客さんだった短大生(19歳の女性)が
家に遊びに来て「ハワイ行ってナンパされた」話を得意げに
しているのを聞いて、イヤ~な感じになったからです。

ってのは、小学4年から中学受験の勉強を始めたものの、
途中で家業の喫茶店が閉店して、
でも、始めたからにはいまさら止められん的に
四谷大塚(←中学受験教材)の教材を
やっている状態が11歳~12歳の頃だったので
心の奥底では「こんなに死ぬほど勉強しても
家の事情でアウトになったらどうしよう」という
不安が爆発しそうでした。

その時に、バブルな19歳短大生が登場し、ワイハーでナンパーの話・・・。

もう、鷹の爪団の秘密基地に来たデラックスボンバー並みの
空気の読めなさでしたね、彼女は・・・。

しかし、その彼女(モヨコ先生と同じ年の生まれ)
の「バブル感」を考慮して、モヨコ先生の漫画を読むと
わりと当時のイケイケな空気を読み取ることができて、すんなりわかりやすい。

それを考慮し、1995年から連載開始されたハッピーマニア
を読んでみよう!
バブル崩壊直後・・・脳内は
バブルのトレンディドラマや雑誌の
イメージでドーパミン中毒、
しかし現実は普通のバイト生活

ここらへんのギャップを一発逆転埋めようとして
「恋愛ノマド」になる主人公シゲタカヨコ。

脳内と現実のギャップを、これほどまでに
上手く描いた作品は他にはない!



















シゲタカヨコさん、本屋さんで地道にバイトし、
タカハシくんという素敵すぎる男子が身近にいるのに
トレンディドラマイメージに脳をヤられてしまい
「彼氏いないから不幸」「オシャレな男子こそ至上」という
偏った回路が出来ています。あー






















バブル崩壊後、仕事で成功ってのがハードル高くなり
「彼氏が欲しい」というところに突破口を見出すシゲカヨ。






















シゲタカヨコよ・・・横に誠実な男子がいるではないかー
(ちなみに、タカハシ君、東大生でお坊ちゃんで性格も良い)

さて、ここで、ちょっと話題脱線します。

私は安野モヨコ先生を
岡崎京子先生の正統な後継機と思っておりますが・・・

ハッピーマニアの連載直前の岡崎京子先生の連載が
なんだったのか??を考えてみるとわかるものがある!!

岡崎先生は「恋愛」と資本主義の関係性
(いちばんわかりやすい作品は『Pink』)
マンガにした天才漫画家ですが・・・・・・

その終焉もちゃんと描いてる。

モヨコ先生の『ハッピーマニア』の連載の直前の
岡崎先生の連載『うたかたの日々』、

ハッピーマニアの冒頭だけ連載期間が被っている
『ヘルタースケルター』を
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_23.html
考察すれば、見えてきますよ☆

バブルが終わり、それでも消費や恋愛によるドーパミン依存が
やめられない止まらない・・・になってて
死ぬまで踊り続ける空気を描いているのが
『うたかたの日々』なのよ。

これ、原作があって、原作はこれね。
原作の解説は有名書評サイトに載っていたので、こちらを参考にされれば良いかと
http://1000ya.isis.ne.jp/0021.html


この『日々の泡』を岡崎先生は1994年~1995年に漫画化し、
『うたかたの日々』として連載していました。

しかも、キューティに連載していたのよ。

キューティってところがポイントだと思う。
ジッパーと並んで、「消費による女の子の自己表現の夢」を売っていたキューティ。

それに「夢が終わっていく様子」を連載した岡崎京子。

そして、キューティは、岡崎先生の預言の通り、夢を終わらせて
現実的な方向性にシフトした。
そして、現在、福袋的になった宝島社の雑誌。
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/317.html

なお、なんだかんだいいつつ
キューティの付録の「デカバッグ」を私は愛用しているのであった。

http://riekonaito.blogspot.jp/2012/11/vscutie201212cutie.html

宝島社は夢を売ることを「折れた」わけではないかもしれない。
岡崎先生が描いた「夢の終焉」をマンガの連載として載せていたくらいなんだから
「時代を読んで生き残る作戦」としてのファストファッション化なのかもしれない。

『うたかたの日々』凄いよ。

バブル→崩壊→その先の状態の預言

までイッキに描いている。
最初は、天才・岡崎京子先生が
原作のあるものを絵で起こすってのが??だな
と思って読んだけど・・・

バブル崩壊と実情と預言を一つの作品に詰め込むとしたら
これしかないんだ、たぶん。
このマンガ、異例の1600円という高額なマンガなんだかけど
その価値はある。ってか、この単行本、宝島社が出しているんだ。
岡崎先生のこの漫画本、非常に丁寧な本作りをしていて、
しかも文学書のような装幀にしてある。

ということは、宝島社は「本」に対して、凄いこだわりがあったんだ。

本へのこだわり→岡崎京子の『うたかたの日々』(転換期)→付録祭り

という流れで見ると、時代に合わせて生き残りを図っているんだなぁ、と思った。

『うたかたの日々』(岡崎京子)



さて、ここでさらに脱線の
脱線を重ねますが・・・

昨日の晩、ツイッターのタイムライン上で「ナビスコリッツの上に
何かを乗せるちょっとしたパーティーは実在するか??」という
議論が巻き起こりましたが(詳しくはTLをご参照ください)

その中で「オンザリッツとホームパーティー考察」
をリクエストされましたので、
さっそくやってみたいと思います。

(スマホだと以下のオンザリッツ動画が
表示されない場合があります。
その場合はPCでご覧ください)


70年代大原麗子CM:すでにオンザリッツ




バブル:イブニングリッツでオンザリッツ



90年代、沢口靖子リッツ




安定の沢口さん、10年代になって
スイーツWとコラボ。
これは無理あるんでは・・・・・・・・・・・・・。



最新のオンザリッツ KAWAII文化×オンザリッツ

この「オンザリッツ文化」ですが・・・・

  「上に乗っているモノ」で景気がわかる凄い素材ですよ!!

バブル期のイブニングリッツの「具」があきらかに
豪華なんだよなー 

最近のオンザリッツは「サンキュ!」な感じがする。

 ちょっとしたパーティー感も薄れてキャラ弁のノリになっているなぁ。

 ツイッターでどくしょさんに教えていただいた情報によりますと
リッツは高級ホテル名リッツカールトンが由来だとか。

おそらくバブル期まではリッツホテルな感じだったんですよね。

それ以降は、時代に併せてオンザリッツしている。
現在はリッツカールトンよりハトヤへ行こう的。

すごいなぁ、ナビスコ。 

えーと、この話題がなぜ岡崎京子『うたかたの日々』と
関係あるのか と申しますと、以下をご覧ください。

『うたかたの日々』単行本の54ページに
 「ホームパーティーでオンザリッツ」 のコマがあるのだ!!

(漫画では四角いけど) これ、バブルの食道楽の象徴なんだ、たぶん。
しかし、この後、財産を使い果たした 主人公は転落の一途を・・・





















ウールが木綿に、世界が小さくなった気がしていく・・・
  そして、どんどん縮小していく世界。働きはじめる主人公。

















      

主人公の親友は、お金が尽きても メディアの洗脳が解けない。

 情報によるドーパミン依存で破滅寸前。 
そこで、メディアの担い手に情報をストップするように
 頼み込む主人公の親友の彼女。

オンザリッツの世界から、最終的になにもなくなった主人公。

 彼女も死んでしまった。 希望もなにもない。 

これ、1994年に書かれた約20年後の日本の姿だと思う。 (つまり、現在)

  「でなきゃ写真をながめてる」←この一言に尽きる。

さて、ここまでで、リッツパーティ&岡崎京子考察は一段落。
 またモヨコ先生の話題に戻ります。

 岡崎先生が交通事故に遭われたのが96年5月。 

ヘルタースケルターの単行本が出たのが2003年の4月。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_23.html 

そして、事故後、リハビリ中に この単行本が出たのだが・・・
 このヘルタースケルターの単行本の出版に協力したのが
安野モヨコ先生なんです。(ヘルタースケルターの最後のページ)

天才・岡崎先生が本当に残念なことに96年に事故に遭われてしまい、
その後、安野先生が凄いスピードで疾走しはじめます。


大量消費社会と恋愛の関係を
「問題提起」の視点を入れながら描くっていうのは
岡崎→安野と継承されていきます。

しかし、1998年からその流れが変わります。

1998年から安野モヨコ先生は雑誌Voceで「美人画報」という
読者の反感を買いそうなんだけど、
モヨコ先生の立ち位置が「読者目線」なので
反感を買わないという「美容エッセイ」が開始されるのです。


この美人画報の1巻→2巻→3巻を読むと、
安野先生の野心、消費、美、読者の離反、それでも続けるセレブ生活、
そして最終的には『女の人生まぜごはん』状態になる・・・・という顛末がわかります。


このエッセイ、入り込んで読むのもいいけど
メタ的な視点で「安野モヨコ物語」として読むと、凄く新鮮なのです。


高校で既にマンガ家デビューした安野先生が苦労の末、マンガで成功し、
女子の王道を堂々と往く雑誌Voceから連載の依頼が来て、

当初「女の人生まぜごはん」という連載タイトルにする予定が・・・
(その顛末は3巻目に書かれている)

なぜだか強引に「美人画報」にしてしまったため、
そのタイトルとのギャップをギャグにしたり、
価値観をすり合わせてみたりと
「女子と消費の物語」を始めてしまうことになるのです。


いや、最初の連載スタート時に、「無理のあるネーミングはやめよう」と
すれば、もっとご長寿企画になったのでは。


えーと、この本、1、2、3と流れで読むのがお勧めです。


その1


1冊目の空気感は以下。























なんとまさかのパーカー&Tシャツ。
仕事に追われている感じが出ている。
しかし、仕事に追われている女性、
たぶんこんな感じがリアル。

このあたりは
モヨコ先生の代表作といえるマンガ
『ハッピーマニア』がドラマ化された頃ですね。

『ハッピーマニア』のドラマって
フクちゃん役が藤原紀香だったんだよね。
(注:最初シゲタカヨコ役と間違えていたが
あしたのクマコニックに指摘されたので修正した)

ノリカ=バブル期のドーパミンまだ止まらない感じ=ハッピーマニアは
間違っているようで「どストライク」なキャスティングだった。


上の動画は
94年のアサヒクリアガールで
デビューした藤原紀香さんの動画です。
(表示は三井ゆりさんですが、動画で見るとノリカです)

ノリカの「ポジティブシンキング」「勢いでイケイケ」「美容に命でハッピー」
「どこかしらバブル」「特別な自分、だけど意外と気さくな関西弁が効く」
・・・な女性がロールモデルになり得たのは
たぶん2年前までです。

というのは、2年前、女子大生に
「自分のロールモデル」をプレゼンしてもらったら
複数の人が「藤原紀香」を挙げていて
「エエエエ?!」と思ったからです。


いや、紀香さん素敵な人なんだけど、
いまは、ちょっと主流とは違う感じしますよね。

米倉涼子は紀香の後継機に見えて根本的なところが違うのよ。

紀香はドーパミンで動いているお雛様で、
米倉涼子はヨガベース(彼女のピラティスは凄い)
で悟っている僧侶型の美女なのよ。
米倉涼子センセイの地に足が着いている感は凄い。

えー、そのドーパミン型最終兵器のロールモデル紀香に
思春期で出会った派⇔出会わない派は断層になっていると思われます。

このCMに自己形成期に出会った女性は
二十歳になっても紀香に憧れる。


しかし、離婚→ミュージカル、友近のモノマネのネタにされたあたりから
紀香はバブルの残り香のする旧タイプのロールモデルとなり
現在の女子大生でノリカ推しの人にはそうそう出会わない。

というか、紀香あたりまでは「女子の王道」ってのが
あったような気がします。彼女、王道でした。

それが陣内と結婚、離婚を経て、
「ちょっと結婚してしまいましたが違いました感」が
女子の夢の終わりとなり・・・

海老蔵を振っても孤独に
ピラティスで悟る米倉型が出現してきたのです。

ゆえに、
いまの20歳くらいは
紀香の匂いがまったくしないのよ。

なお、当時のモヨコ先生自身は紀香的な価値観に
自分がついていけないことを「ネタ」にして
読者を惹きこんでいた。

腹肉ツヤ子先生的立ち位置で、共感を主軸にしていたのだ。

というか、この頃、自意識=赤ん坊なのよね・・・モヨコ先生は。

続きまして・・・

その2




























この2巻目が転換期だった。

いきなり、読者の共感を斬り捨て御免にしてしまう。

どれくらい斬り捨てたかといえば、以下。



うーん、1巻目と違うコンセプトで売りましょう、という
編集者の意図は読める。

しかし、この単行本の出版時は2001年。
ちょうどオルト・エリート的な人が増加しはじめたのだ。

オルト・エリート:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_3634.html

というか、難しいことを言う前に
ただただ単純に、「ネットがちょうど一般化した直後で、
ネットユーザーの反感を買った」というのが正解だと思う。






プロフィールにも変化が。
「ファッションリーダー」にしてしまった。

前巻までの「読者目線」は斬りました。

しかし、安野先生、ほんとに美しくなられたと思います。
モヨコ先生の凄まじい業績を
知っているファンなら、素直に応援できると思う。
というか、自分は素直にモヨコ先生ヨカッタネ的に見た。

ただ、Voceの読者層って
微妙に「安野モヨコのマンガの読者」と違うと思う。
だから、マンガ読まずにこの単行本だけ知った人の
反感を買ったのではないか。

あと、綺麗になった後のイメージがどことなく「紀香」「バブル」なんだ。

バブル期に10代後半だったモヨコ先生、
たぶん「綺麗なオトナ像」が「バブルの綺麗な人」だったんだな。

「その時代に求められている像」ってのと
「20代に努力して30歳で自己実現する像」ってのはズレるんだ。

モヨタンが19歳の時に夢見たもの、
それを30歳で実現するとこの写真になった。

あと、一番デンジャラスゾーンに入ってしまったのは以下のコマだ。






















雑誌読んで綺麗になろうと志す人の根底にあるのは
ここらへんのルサンチマンがベースにあるのでは。
意識・無意識にかかわらず。

だって・・・
本当に綺麗で
美容の必要のない人は
Voceの美容連載読むんじゃなくて、既に
ソニアパークのキューピーのCMに出てるんだってば。

ソニアパークのCMはここへ:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/10/spoon-201212.html

高橋マリ子なに着ても綺麗説:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/01/blog-post_3.html

だから、そこらへんのルサンチマンを非難するコマはまずかった。

でも、安野モヨコ先生は、このコマを邪気無く描いてしまうのは
仕方ないんだよな。
たぶん、モヨコ先生の経歴にその背景があると思う。

モヨコ先生、高校卒業してすぐにマンガ家になっているから
彼女の意識は個人事業主なのよ。ずっと。

でも、Voceの連載は女性の綺麗になりたい仲間同士的な
連帯感で開始されたから
女性の多い職場的な空気になってたのよ。

そこで、イチ抜けた宣言をした安野モヨコ先生。

成人女性のグループで「イチ抜ける」と何が起こるか
身を持って知っていたら、しなかったと思う。

いくら編集さんに言われても、かつての仲間を見下げるコマを
描いちゃいかんのよ・・・。

モヨコ先生は
成人女性の「嫉妬」がいかに破壊に結びつくのか
経験があるようでなかったんだと思う。
成人女性の「嫉妬」が嵐のように吹き荒れた後には
ぺんぺん草も生えないのよ。

ってか、思春期~成人期にかけての女性の嫉妬については
欧米では研究がある。(以下のリンクへ)

http://riekonaito.blogspot.jp/2013/02/blog-post_5.html

↑ここに「パンドラの箱」と書いたが、
モヨコ先生、パンドラの箱を全開にしたんですよ。

その分、「おおたうに先生」の個人的な幸せと引き換えに
イラストエッセイやらせていただいておりますので
嫉妬しないでください防御線は神業だ。

神業:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/11/blog-post_5842.html

そして、ドンときた3巻目。



2巻目で読者の離反に気付いた安野先生、スタンスが360度回転し、
最初は反省文から始まる。


3か月、仕事から離れるとか、鉄仮面とか・・・
もう、そこまで反省する必要ないんでは・・・。

しかし、この本、反省から始まるが、
怒涛のセレブコンボが凄いんだ。

4万円もするコラージェンマスク。
事務所をニナミカ風インテリアにする、
プエルトリコのスパ、
そしてご結婚。

2巻目でやっちまったぜ感⇔いや、もういっそ共感を捨てて
手の届かないところまで行けば安全圏

・・・という揺れる想いを感じるけど、
やはり、安野先生は自意識がどうであれ、
われわれの手の届かないところまで
ご自身の手で登頂されたマンガ家だと思います。
安野先生のマンガを読もう。
彼女が自分の努力と才能で登ったことを
讃えよう。そして、新作の長編を描いてほしい。






















これが、女子の「いい夢怒涛のコンボ」だ!
仕事で自己実現、綺麗になる、結婚、蜷川美花に
写真撮ってもらう・・・・・安野先生は偉大だ。

しかし、なぜか、2巻目の「ファッションリーダー」の肩書きが
「オピニオンリーダー」になっている。

ここまできたら、初期叶姉妹の「トータルライフアドバイザー」という
肩書きをパロってギャグにしてしまっても面白かったんでは。


まぁ、ファッションリーダーだと、
先にイッている遠い感じがするけど、
オピニオンリーダーだと、読者の目線も入るのよね。
編集さんがプロフィール考えたんかな。

美人画報、2003年、連載終了。
モヨタンの夢物語も次のステージへ。

=======================

そして、現在。

安野先生はデカい仕事をやめて、
朝日新聞の「おチビさん」だけに活動を収縮されてしまいました。

しかし、いまだからこそ、冷静に振り返ることができるんだ。

安野先生の疾走を
岡崎京子のヘルタースケルターのリリコ
(大衆の欲望の受け皿)
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_23.html

と重ねて考えると、少し被るような気がする。

安野先生は「マンガ」という武器があるから
リリコとは違う。

しかし、女性のロールモデルであることの苦しみと喜び、
そして、それでも走ることを止められない、
ドーパミンが止まらない疾走感は
少し似ていたように思います。

えーと、しかし、なぜ、安野先生は女子のロールモデルになろうとし、
また、「少しやりすぎた」のか・・・と考えていました。

そして数日前、その答えが見つかりました。

ツイッターであしたのクマコニックさんに教えてもらった
「少女の友ベストセレクション」を読んだところ・・・

モヨコ先生がご寄稿されていました!

 

しかも、モヨコ先生、めっちゃ枯れている・・・・・・・・・・・・・・






















あの『美人画報』のプロフィールから一転、
桜の花が芽吹いているのを見ているモヨタン。

安野先生、東京から鎌倉に引っ越したみたい。
ツル植物の美しさについて書いてる。
4万のコラージェンマスクからツル植物へ・・・。

あと、自己像=赤ちゃんが
オチビさんで
「普通の服着た子供」になっているのが
興味深いっす。もう、赤ん坊やめたんだ。

そして、この本のモヨコ先生の寄稿文見て、
それに、安野先生が、なぜ女性のためのイラストエッセイに
あそこまで力入れたのかよくわかった。

モヨコ先生の「お母さん」が『少女の友』の読者で、
モヨコ先生はコドモの時に、母親の『少女の友』に触れている。

そして松本かつぢの絵を絶賛している。
(モヨコ先生の絵的に、中原信者じゃないのがナルホドと思った)

女性向けのイラストがいかに
女子の「心」に影響するのか、安野先生は知ってたんだ。

(ただし初期の少女雑誌はゲイカルチャーに支えられていたので
少女の夢はリアルな女性の性と生に消されることが無かった
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/11/blog-post_5842.html

安野先生は、この『少女の友』のベスセレ本で、
少女の生活と「雑誌」がどのような距離感にあったのかを
非常に美しい言葉で綴っている。
(詳しくは少女の友ベスセレを読もう)

美人画報のエッセイの文体とは別人格だ。

安野先生、渋めのオトナになったんだ。

いや、安野先生だけがオトナになったわけじゃなくて。
日本の空気感が渋めになったんだ。

でも母-子の影響力はデカくて、
バブルの頃に夢を見た母親と密接な繋がりを持つ子は
どこかドリーミーな感じがする。

バブル世代は『少女の友』の夢を母親から継承し(モヨコ先生のように)
オリーブ少女になった母は雑誌信仰を子に伝える。

90年代生まれ女子でも、どこかバブリーな感じがする子の場合、
少子化ゆえに「母-娘カプセル化」して
母のバブルの時のノリが
娘が乗り移っていることがある。

男兄弟とかうじゃうじゃいて、しっちゃかめっちゃかになっているところは
それが起こらなそうだけど・・・
(だから90年代生まれ女子っていってもめちゃくちゃ現実的な子と
どこかバブリーな子がいる。それは家族関係や母と娘の
繋がりの太さによって差が出ていると思う)


母ー娘の濃密な関係性で少女雑誌信仰が継承されていることに
最近、気が付いた。モヨコ先生もそうだし・・・

それはムック本『1990X』
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/1990.htmlで示唆されていたように思う。

ぱすぽの母が雑誌好き。これが答だと思う。

1999年の『美人画報』の裏表紙を振り返ろう。





















欲望に振り回され、バブルの残り香に振り回され、
「アレも欲しい、コレも欲しい」とジダバタしている自意識を
赤ん坊で描いた安野先生はなんて正直な人なんだ。

いま、「オチビサン」に収斂してしまったモヨコ先生は
疾走を止めたんじゃないのかもしれない。

時代の最先端の意識が「オチビサン」的なものなのだ。
東京に住むのを止めて、鎌倉に引っ越したのも、
「隠居」「最前線から逃げた」じゃなくて「新しい」んだ。

2007年に方向転換したモヨコ先生は時代の先を読んでる。

だから、やっぱりモヨコ先生は
オピニオンリーダーだと思う。      =完=

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